2011.05.13 00:24 更新
湯の谷 夢路の散歩/黒川温泉郷④(南小国町・熊本県)
黒川温泉の夜は早い。通りの店のほとんどは、夕方の5時・6時で営業を終える。日帰りの行楽客が帰路に着き、宿泊客もそれぞれの旅館に帰っていき、にぎわいの小路は闇の帳とともに静寂に包まれる。
"黒川ブランド"のイメージを守るため、ここにはいわゆるネオンの歓楽街が存在しない。わずかなスナックが、小さな看板を掲げてひっそりと客を待つ。筆者は、その手の遊びに興味が無いので何も思わないが、旅先でのお色気に期待する仁には全くつまらない場所だろう。
夜の繁華街は、それはそれで別の面白さがあるのだが、谷のせせらぎと宿の灯りに包まれる辺境の風情も、旅師の心を和ませてくれる。夕食を終え、酔いが回った頬を冷まそうと、下駄の音も軽く川辺の通りに繰り出だした。
1軒のRショップを除いて入れる店も無いが、宿灯りが描く温泉街の見物も楽しい。昼間覗いた旅館たちを、もう一度じっくりと見て回る。最後に立ち寄った「いこい旅館」では、無人の囲炉裏が温かな炎を上げ、立ち寄り客を待っている。すでに良い気候ではあったが、山奥の夜はまだ寒い。ありがたく休ませてもらおう。
それにしても――夜は寝る、の健全な営業ぶりは誠に結構だが、小腹が空いても頼む場所が無いのは少々辛い。宿の夕食は美味しかったが、大喰らいの悲しさ。しばらく経てば、もう一品欲しくなるのだ。「まあ今夜は我慢するか...」――火にあぶった手を戻して立ち上がろうとすると、不意にチャルメラの音が近づいてきた。よく心得たもので、移動のラーメン屋台が巡回しているのだ。見事な間合いに苦笑しつつ、近づく車に手を上げる。囲炉裏の火に当たりながらのラーメンも、なかなか悪いものではない。
腹が満ち、ボーっと炎を見つめるうち、夜はすっかりふけてきた。過ぎゆく時を惜しみつつ、いま一度宿への道をたどる。再びこの地に立つ時が、本当に楽しみだ。
yu
(写真上)灯りに浮かぶ夜の旅館たち。昼間とは違った面白さがあり、散策も楽しい。黒川の夜は早く、唯一の夜間営業・Rショップも22時で閉店
(写真下)人気宿の一つ「いこい旅館」では、囲炉裏の炎が道行く人を誘う。飲食店の営業がないので、頼みの綱は巡回するチャルメラ屋台