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2009.10.20 13:51 更新

GOGOジパング68

天下普請の巨石群/大坂城②(大阪府)

 

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 大坂城といえば、"太閤さんの城"のイメージが定着した感があるが、現在見られる建造物の大半は徳川時代のものである。大坂夏の陣で廃墟となった城は、徳川秀忠の命で元和5年(1620)から再建を開始。西国・北陸の外様大名64家を動員した3期・9年の天下普請で、新たに生まれ変わった。

 徳川の威光を天下に示すため、秀吉時代の石垣や縄張りは全て盛り土で埋め尽くされ、外観やレイアウトは前代とは全く異なっている。秀忠は普請奉行の藤堂高虎に対し「石垣・堀の深さを2倍に」と命じたといい、そのため現代の大坂城は、石垣の高さが非常に印象的だ。徳川大坂城の面積は豊臣時代の1/4にすぎないが、築城技術が頂点に達した時期の建築なので、石垣の完成度など目を見張るものがある。

 徳川時代の大坂城は火災や落雷による損壊が多かったが、とどめは戊辰戦争時の混乱で、建造物の大半は失われてしまった。それでも大手門・櫓・塀など現代に伝わる遺構もあり、国の重要文化財に指定されている。

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(写真上)大坂城で、天守と並ぶ見所の一つ"蛸石" 36畳分の面積を持ち、重さ130トンもある。岡山藩主・池田忠雄の普請で、備前産の花崗岩が使われている

(写真下)現在の大坂城は全体的に高々としているが、これは豊臣時代の城を盛り土で覆い潰したため。大半は火災で失われているが、櫓など往時の姿をとどめる建造物も多い

 

 

DCF_3831.JPG DCF_3812.JPGのサムネール画像 DCF_3832.JPG 

 

 

 

 

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