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2009.10.13 13:02 更新

GOGOジパング67

天下無双、太閤秀吉夢の残照/大坂城①(大阪府)

  

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 1583年4月、賤ヶ岳の戦いでライバルの柴田勝家を破った羽柴秀吉は、同年8月、摂津国大坂に自身の拠点となる大城郭の建設を始めた。突貫工事の末、わずか1年半で本丸が完成。世に言う「大坂城」が姿を現す。普請は秀吉の死の翌年(1599)まで続き、その規模と壮麗さは三国無双と称えられた。

 残念ながら秀吉の城は大坂夏の陣(1615)で灰燼に帰し、現在残る遺構は徳川時代に再建されたものである。天守は秀吉のオリジナルが消失した後、徳川2代将軍秀忠によって再建されるが、寛文5年(1665)に何と落雷で焼けてしまい、以後再建されることはなかった。

 長らく天守を持たなかった大坂城が、再び日の目をみたのは昭和初期。当時の市長の呼びかけで市民から寄付が殺到、徳川時代の天守台にコンクリート製の復興天守(高さ約55㍍)が建てられた(昭和6年)。これが現在も残る大坂城天守である。再建に当たっては「大坂夏の陣図屏風」(黒田屏風)の絵図が参考とされたが、下層は徳川風の白壁、上層は豊臣風の黒漆に金箔の折衷である。

 コンクリートの模造ではあるが、建物の歴史はもうすぐ80年。再建のいきさつから見ても、その価値は大きい。秀吉が夢をかけた無双の名城は、大都・大阪のシンボルとして凛然とそびえている。

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(写真上)堂々たる風格の大坂城天守。秀吉時代を参考に再建されたが、外観は徳川風の白壁仕様である。

(写真下)天守最上階からは大阪の街を一望できる。週末はボランティアの鎧武者さんがパフォーマンスを披露

 

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