第27話
グルグル。キュルキュル。授業中、不意に襲われる下腹の不快感。しばらくすると、お尻から突き上げるような猛烈な痛み。それと交互して震えともしびれともつかない悪寒が下腹部と脳のあたりを上下動する。我慢ももう限界だ。さあ、どうする。
先生の叱責と級友の嘲笑を覚悟で手を挙げ、「トイレに行かせてください」と申し出るか。プライドと「ウン命」を懸け、チャイムが鳴るギリギリまで我慢してみるか。
小学校の頃は誰かがこの選択に手間取り、あるいは後者を選んだ賭けに負けて、時々教室で悲惨な光景が繰り広げられた。
「トイレに行きたい」と手を挙げる子を、先生は「なぜ休み時間に済ましておかないんだ」と叱りながらも、仕方なく教室から送り出す。その子は決まり悪くても最悪の結末は免れるのだが、手を挙げられない子はギリギリまで我慢した揚げ句、やってしまうのだ。![]()
ボクは、そんなへまは絶対にしない。そもそも学校では「小」はしても「大」はしない主義だ。正直言うと、学校のトイレでは「大」ができなかった。なぜかって?
告白するが、ボクは子どもの頃、恥ずかしながらズボンからパンツまで全部脱がないと「うん○」ができなかった。パンツまで遠慮なく脱げる所ならともかく、基本的に家でしか「うん○」したことはない。これは小学生時代を通して、ずっとそうだった。
ボクがトイレに入っているのは、すぐ分かる。上着に始まって、畳の上には脱ぎ捨てられたズボン、パンツ、時には靴下も点々と足跡のようにトイレの前まで続いている。これを学校でできるなら、そうしたい。
では、したくなった時どうするか。毎朝済ませてきているので、めったにそういうことはないが、ピンチの場合は授業中だろうと先生の目を盗んで教室を脱出し、必死に我慢しながら家まで帰っていたのである。親父の小さな歯科診療所が小学校の通学路の途中にあるのも好都合だった。ここなら脱いでできる。
自分の席は列の後ろになることが多かったので、脱け出すのには条件がよかったが、成功するかどうかは「ウンまかせ」だ。先生が黒板に向かっている間に、物音を立てず後方の出入り口から這うようにして出て行く。その間、級友は気付かなかったのだろうか。今となっては不思議な気もするが、失敗は一度もない。先生にとがめられたこともない。みんなが知ってて黙認してくれていたのか、それとも「便所の神様」のご加護なのか。
中学生ともなると、さすがにパンツまで脱ぎ捨てないと用を足せない、ということはなくなったが、いざという時はやはり家まで帰っていた。授業中に例の悪寒を覚えたり、下腹のあたりが突っ張ったりしだすと手を挙げる。「先生、おなかが痛くなったので保健室に行かせてください」。了解を取り付けると一応は保健室をのぞき、「トイレに行ったら治まりそうなので...」とそのまま「学校の」ではなく「家の」トイレに直行する。
間のよいことに、そんな時に限って家には誰もいない。そこで、用を足した後は冷蔵庫や戸棚を物色し、お菓子か何かを見つけ出してはポリポリかじりながらテレビを見たり、漫画雑誌を広げたり。しばらく優雅な時間を過ごしてから「ではボチボチ」と学校へ引き返す。
「大丈夫か?」と声をかけてくれる先生や級友たちに、内心「悪い」とは思うものの、「してやったり」とほくそ笑んでいる自分がいるのも半分は事実だ。こんなことが何度かあった。しかし、そうそういつまでも運よく事が運ぶはずはなかった。
次回は第28話 運に恵まれ神に見放され