第25話
小学校の先生は小さな子どもを相手に随分神経を使うはずだ。高校の教師は大学受験あるいは就職と、大人の門をくぐっていく生徒たちの進路に直接かかわるから、こちらも気を抜けない。それからいくと、まだ大人でもなければ、もう子どもとも呼べない中途半端な年代が相手の中学校の教師たちは割合気が楽なのかな、と勝手に考えていた。そう思ってしまうほど、ボクが中学生だった頃はヘンテコな先生たちがそろっていたのだ。
朝一番、校庭で太陽を見上げては鼻をむずむずさせてクシャミ一発、「よーし」と気合を入れる体育の教師。クシャミの出が悪いと、鼻毛を抜いて無理にでも朝の一発を決める。当時人気のあった歌って踊れるタレント金井克子のファンで、気分がいいと体育の授業中にそのまねをして突然踊りだした。
1年生の時に担任だったイケメンの「のっぽ先生」は女生徒やPTAのお母さんたちにモテモテの半面、「隣に座りたい相手」の名前をクラス全員一人ずつこっそり紙に書かせる、要するに「好きな子調査」をする悪趣味の持ち主でもあった。今から思えば、学級運営のための独自の「生徒まるごと把握方法」だったのかもしれない。ボクが2年生になっても、3年生に上がっても、テスト前の休日には担任でもないのにわざわざ家までやって来て、「こら、ちゃんと勉強してるか!」と一喝しては立ち去った。そんなにして自分が受け持ったことのある生徒の家々を回っていたのだろうか。
ともかく厳しい先生が多かった。その代表格である剣道部の顧問は家で飼っている秋田犬が自慢で、授業中も何かにつけて犬の話を持ち出したがる。何のことはない。自分自身が秋田犬そっくりの顔をしていた。
生徒たちの誰もが「デカ」とか「オヤジ」と呼んで恐れたのは、生活指導の教師だ。開襟シャツにハンチング帽のスタイルはサスペンスドラマに登場する鬼刑事そのものだったから、「もともとは警察の出身らしい」とまことしやかに噂(うわさ)し合った。
忘れ物、遅刻、服装などの校則違反。どの先生に限らず小言とセットで大抵ゲンコツが飛ぶ。注意されて態度でも悪かろうものなら、こっぴどい目に遭う。今だと体罰と非難されかねないが、ボクも他の生徒も家に帰ってそれを口に出すことは絶対になかった。わざわざ二度も怒られるバカなまねはしないのだ。
遅刻は年中、掃除はサボる。怒られて廊下に立たされるのもしょっちゅう。そんな悪童の一人だったボクだが、しんからこたえた苦い思い出もある。3年生の時の担任に怒られた日のことだ。
温厚で、手を上げるのはもちろん、がみがみ叱るのも見たことのない担任は、この学校では珍しい存在だ。英語を担当する定年間近のオッサン先生で、体は生徒たちよりずっと小さく、「チーチー」のあだ名で呼ばれていた。小柄でずんぐりむっくりの体形が童謡「すずめの学校」の先生を連想させ、歌詞の「チーチーパッパ、チーパッパ」からきているとも聞いたが、本当かどうか定かではない。
事は女性教師の授業を受けている最中に起きた。その頃、お菓子のおまけに「ポンポンロケット」というのがあって、よく学校にも持ってきていた。小さなカプセルを指で押して空気圧で飛ばす単純なオモチャだ。そのポンポンロケットを隣の席の医者の息子とふざけて取り合いをしているうちに、うっかり「ポン!」と発射させてしまった。おかげで授業は一時中断。二人とも怒られ、その場は謝って済んだのだが、担任のチーチーにすぐさま報告が届いたのだろう。二人とも教官室に呼び出された。
チーチーは烈火の如く怒っている。いつもの穏やかなオッサン先生ではない。まずはボクから引きずり出され、胸倉をぐいとつかまれた。「自分のしたことをよく考えてみろ!」。そう言うなり、先生の手が上がる。「ぶたれる」と目をつぶった瞬間、ボクの頬とは違う場所から「バシッ」と平手打ちの音がした。チーチーは自分で自分の頬を叩いている。「これでもか!これでもか!」。何度も何度も叩き続けた。掃除をサボったり、遅刻したり、少々の悪さならまだしも、授業の邪魔をして教師や他の生徒に迷惑をかけたことを何と考えるのか。おそらく、そういう怒りだろう。「もう、やめてください」の言葉が出ずに、ただ「すいません。すいません」とボクはしゃくり上げながら繰り返すだけだった。
わが身を痛めてまでのチーチーの叱責は、ぶん殴られるよりもよっぽどこたえたが、それでボクが品行方正な模範生に生まれ変わったかといえば、残念ながら性根はそう簡単に変わるものではない。
さて、極め付きのヘンテコ教師の話が残っている。哀れさえ誘うエピソードはこの次に。
次回は第26話 「英語の先生が消えた」