第22話

バカは高い所に登る(後編)

 ボクたち三人が「登る」と宣言したMBC(南日本放送)のテレビ塔は城山の頂上に立っている。城山自体が標高100メートルを超えるから、テレビ塔の最上部の高さは130メートルを優に超すだろう。
 自転車をこいで城山を上り、テレビ塔に着いたのは夜8時半頃だった。辺りは街灯に照らされてはいるが薄暗い。ボクら「三バカ」以外に人影は見えない。鉄塔には点検や補修の際に使う小さな梯子(はしご)が取り付けられている。これを登っていくのだが、一人ずつしかしがみ付けない。カンちゃんが先頭、ボクがそれに続いた。
 鉄の梯子は垂直に取り付けられていて、手足を滑らせると一巻の終わりだ。がっしりと頑丈な鉄塔だが、登るにつれてそれが風に揺れているのを感じる。夜風は冷たいが、梯子にしがみ付く手のひらがじっとり汗ばんでくる。
 一段一段、時間をかけて登っていく。最上部が近付いたが、それ以上は登れないことが分かった。途中に「ねずみ返し」のような分厚い鉄の遮蔽板が設けられている。悔しいけれど、半分ほっとしたような気持ちで引き返した。
 「高い所から鹿児島の美しい夜景を眺める」のが目的だったはずだが、そんな心の余裕はない。登りより下りるときの方が危ないのだ。ボクのすぐ下にいるクン太の手を踏まないように気をつけながら、ゆっくりゆっくり下りた。

tennsenn.gifのサムネール画像 「登頂は一応成功」と自分を納得させたが、やはり消化不良だ。そこで翌日、クラスの仲間にはMBCテレビ塔登頂の報告と併せて「鹿児島の三大鉄塔」を制覇すると宣言した。勝手に三大鉄塔とか名付けたが、MBCのテレビ塔のほかは鹿児島新港に停泊している工事用の大型クレーン船と天保山公園の近くにあったNHK鹿児島放送局の電波塔である。
 大型クレーン船には、その夜チャレンジした。港湾工事に使われており、夜は新港の岸壁に係留されている。クレーン部分の高さは30メートルを超えただろうか。それでも鉄製の梯子には傾斜があって、テレビ塔よりは登りやすい。船は海の上だが、クレーン最上部は陸の方に突き出ている。
 重量物を吊り下げるフックが取り付けられた最上部には、畳一枚分くらいの作業用のスペースがあった。ここで夜風に吹かれ、達成感に包まれながら三人で鹿児島の夜景や星空を眺めていると、下の方からかすかに声がする。どうやらアベックが愛をささやいているようだ。ちなみに、かつてはラジオで人気を博し、後にはテレビにも進出した「アベック歌合戦」という番組があったほどポピュラーな言葉だった「アベック」もとうに死語となり、今では「カップル」に変わった。まあ、そんなことはどうでもいい。
 せっかく男三人で登頂成功の喜びを満喫している時に、と少し腹立たしくなり、意地悪な気持ちが頭22-2-1.gifをもたげた。そこで生理的欲求をいいことに登頂記念の意味を込めて、この高い場所から"放水"することにした。三人が三方向に並び、手すりの間から腰を突き出して一斉に放出。気分爽快だ。ワンちゃんが縄張りの電柱に向かう気持ちがよくわかる。
 放水は数十メートル落下するうちにシャワー状に飛び散り、地上に到達する頃には霧となっているだろう。おそらく愛をささやく二人の頭上にも、この霧が音もなく立ち込めたに違いない。どこのどなただったかは知りませんが、本当にごめんなさい。

 さて、残るはNHKの電波塔。これが最大の難物だ。クラスの仲間は「絶対無理」と断言した。というのも、この鉄塔は鹿児島放送局の建物の屋上に設置してあり、どうしても建物の中に入る必要がある。「そんなこと、NHKの人が許してくれるはずがない」。誰でもそう思う。けれどもボクらは、ある晩それを実行した。そう、建物にずばり忍び込んだのである。当然、住居侵入罪。しかし、その時のボクらに罪の意識はない。「何が何でも登るのだ」
 玄関ロビーに誰もいないのを確かめ、ヒヤヒヤしながら階段を抜き足差し足で上った。幸い誰にも遭わずに屋上までたどり着けた。鉄塔登りもだいぶ慣れてきている。風に揺れる塔を短時間で登り切っ22-2-2.gifた。「三大鉄塔制覇」の瞬間だ。その記念に証拠を残してくることにした。持参したマジックペンで最上部の鉄板に三人それぞれの名前と好きな女の子の名前を書いた。お互い誰を書いたかは秘密である。ボクは少し悩んだ末に、隣のクラスの子を書いた。
 脱出の際も誰とも遭わずに済んだ。後年、社会人になってからNHKの記者と友達になり職場にも招かれたが、そこはかつて知ったる建物であった。もう時効でしょうが、NHKさん、関係者の皆さま、誠にすみませんでした。

tennsenn.gifのサムネール画像 翌日ボクらの報告を聞いた級友たちは半信半疑というより明らかにあきれ顔だったが、ともあれ「三バカ」の面目は保たれた。けがもなく学校や大人たちに知られず済んだはいいとして、今思えばやはり「やり過ぎ」、度を越した「悪戯(いたずら)」。自分の子には絶対させられない。
 
  
次回は第23話 三バカと五っ婆



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