第21話

言語紛争(前編)

 「標準語」対「方言」。「ボクシング」対「空手」。ボクの輝かしい中学校生活の第1ページは体を張った対決で始まった。

 「中学校では取りあえずおとなしくして様子を見よう」という『猫っかぶり作戦』は入学式当日に早くも失敗してしまったが、とにもかくにも花の中学生時代はスタートした。
 猫をかぶって、かしこまったふりをしなければならなかったわけは、別世界の住人とも思えるような別の小学校から来た生徒たちと机を並べることになったからである。ボクらとの一番の違いは、彼らが使う言葉だった。特に女子のそれは、ボクらには遠い外国の言葉にも聞こえる。
 「ねえ、野球部の山本先輩って、ちょっとステキじゃない?」。「れい子ったら、もうボーイフレンド探21-1-1.gifし?」。彼女たちの会話の中身にも到底ついていけないが、語尾をキュッと上げるしゃべり方はテレビや映画に出てくる芸能人たちのセリフそのままで、ボクらはドラマか何かを見ている観客の気分だった。
 ボクらの小学校でこんな言葉を使う奴がいたら、「ヨカブイゴロ」(かっこつけ)といじめられるに決まっている。しかし残念ながら、この中学校では数の上でもボクらは劣勢を余儀なくされていた。

tennsenn.gifのサムネール画像  中学校へ入学する前から、いろんな人に彼らの小学校の「共通語教育」について聞かされていた。デマや誇張も含まれていただろうが、「きれいな言葉」の教育は戦後の早い時期に始まったのだという。ボクたちの鹿児島弁に対し、彼らの話す言葉を「東京弁」と呼んでいた。
 聞いた話だから本当かどうか知らないが、学校内では方言が厳禁だったそうである。ついうっかり方言を使ってしまうと大変だ。罰として「私は方言を話しました」と書かれたボードを一日中、首からぶら下げて歩かねばならない。ボクらは、この空恐ろしい話をデマや誇張と思わず、完全に信じ込んでいた。彼らは、そんな学校で教育された標準語サイボーグ、いや東京弁異星人なのである。

tennsenn.gifのサムネール画像21-1-2.gif 入学当初、明らかに言葉の違いで壁ができていた。まるで国際間の紛争を語るようだが、事実そうだった。半面、壁の向こうはお互い気になるものだ。気になるから、ちょっかいも出したくなる。
 入学から数日が過ぎた。その日は妙に調子が良かった。授業中、先生が出した問題にじゃんじゃん手を挙げ、答え方も褒められた。ホームルームでも盛んに発表した。ひねりの効いた意見で相手側の女の子たちからも笑いをとった。
 それが気に食わなかったのだろう。放課後、相手側の体のでかい奴がボクに凄みを利かせてきた。「おい、お前。少し生意気じゃないのか」。今にも胸ぐらにつかみ掛からんばかりである。「決着をつけてやる!」。ボクをにらみつけながら、そう言った。何の決着やらとんと分からず、きょとんとしているボクにボクシングのファイティングポーズを向けてくる。が、決まっていたのはここまで。だんだん雲行きは怪しくなる。
 「野球部に入部届けを出したら、すぐ戻っくっで待っちょれよ。逃ぐんなよ」。
そう言い残して駆け出していく彼の後ろ姿に目をやりながら、ボクは首をかしげていた。やばい立場も忘れ、今のやり取りを頭の中でもう一度再現してみた。
「今のあいつの言葉、ボクらの側の言葉だったんじゃ...?」


  
次回は第21話 言語紛争(後編)



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