第12話
かつては鹿児島市内を縦横に市電が走っていた。磯公園や磯の海水浴場へも電車で行ったものだ。朝日通から西郷隆盛ゆかりの私学校跡と岩崎谷を抜けて柳町で国道10号に合流し、清水町まで線路が延びていた。鳥越トンネルは目の前だ。北へは加治屋町から伊敷町まで線路が敷かれていたが、今では両線とも撤去され、往時をしのばせるものも見当たらない。
さて、ボクが紛れ込んだ集団デートにはこの伊敷線が使われた。終点の伊敷電停まで市電に揺られ、女の子たちに促されてそこからさらに北へ国道3号に沿って歩く。今は伊敷ニュータウンの入り口に当たる場所から左に折れ、甲突川を渡る。ここでやっと行き先が明かされた。
「梅ヶ渕観音」がその目的地だった。
「いろいろご利益があるのよ」
学級委員長がまさしく女王の威厳で我ら下々の者にお教えくださった。女王様の仰せでは、学問にも霊験あらたかで、受験シーズンには「天神様」と並び合格祈願の参拝者でにぎわうそうだ。
小高い崖の中腹にある観音像まで細い坂道を上る。木々の間を吹き渡るそよ風が小鳥のさえずりも運んでくる。天気は良いし気分は上々だ。ボクらを終始リードし上から目線でものを言いたがる彼女たちさえいなければの話だが...。
観音様は岩壁に彫られていた。
「ほほ笑んで見えると良いことがあるそうよ」
色白ぽっちゃりの「お人形ちゃん」がそう言った。
ボクもみんなと一緒に手を合わせながら、チラッと観音様の顔をうかがった。観音様は笑顔というよりニヤリと皮肉っぽい笑いを浮かべているように見えた。
正午をもう過ぎている。おなかもすいた。「昼飯はどうするんだろう」。そんなことを考えながら来た道を下りようとした時だった。
「ちょっと君たち」
女王がお言葉を発された。
「大事な話があるの」。ボクら男子を射すくめる目だ。
ボクはヤバイ雰囲気を感じ取った。
「あんたたち、誰が好きなの!」
女王様の言葉を継いで、おてんば娘が甲高い声を上げた。
女の子たちの情報に疎いボクでも、ここまでの道程で女王たちの意図は大体分かる。要するに4組のカップル誕生をもくろんでいるのだ。
女王の視線の先には大抵プレイボーイ君がいた。お人形ちゃんはおぼっちゃまに気があるようだ。おてんば娘はサッカー小僧か。(えーっと、そうなると...)ボクの相手は「ふっくらちゃん」(精いっぱい美化した表現)なのか?
ドスン、ドスンと地響きを立てながらウエディングドレスで観音様の坂道をボクの所へ上って来る姿が頭に浮かび、一瞬めまいがした。
「おいおい、やめてくれ」。そう叫びたかった。
「はっきり答えなさいよ!」。おてんば娘は、なおもオクターブを上げてくる。女王は横目で視線を送り、お人形ちゃんは真っ白い頬を少し紅潮させている。ふっくらちゃんは恥ずかしそうに、お人形ちゃんの後ろでうつむいていた。
「こんな所まで引っ張ってきて、な~にが誰を好きかだよ!」
突然サッカー小僧が言葉を返した。「好きな子なんていませんよ~」。憎まれ口を吐き出しながら「なあ!」とボクらに同意を求める目を向けた。
ボクはこっくりうなずくと心の中で拍手を送った。
(やっぱり秘密部隊の仲間だよ。男だねえ)ガッシと握手したい気持ちだ。
「何なのよ!」。おてんば娘が金切り声を上げたが、サッカー小僧は無視して「帰ろ、帰ろ」と言うなり、坂道をズンズン下りて行く。ボクも小走りで後を追った。プレイボーイ君とおぼっちゃまは心残りのありそうなそぶりも見せたが、仕方なくボクらに付いて来る。その後ろから、おてんば娘の「キーキー」言う罵声がいつまでも追いかけてきた。![]()
帰りの電車が一緒だとさすがに気まずい。ボクらは歩いて帰ることにした。電停近くの菓子屋で買ったガムを噛み噛み電車道沿いに歩いていると、ボクらを追い越して行く電車の中から彼女たちがこちらをにらみつけていた。
おてんば娘は窓から身を乗り出し、「バカー」と叫ぶとアカンベーをした。
それからしばらくは彼女たちと冷戦状態が続いた。ふっくらちゃんはいつもと変わらず物静かで、ボクは時々消しゴムを借りた。
中学校が別々だったので、小学校を卒業してからは会ったことがない。それからもう数十年。いろんな女性と知り合い、結婚もして今に至るが、ボクの人生は不思議と「ふっくらな女性」にばかり縁がある。
次回は第13話 おやじの自転車